菅義偉自民党新総裁と、彼の尊敬する人物。

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こんばんは、吉田けいすけ(北区議会議員)です。

 

自民党新総裁に菅義偉元官房長官が就任しました。

上京し、地方議員からスタートのたたき上げ総理の誕生は、希望と夢、もしくはロマンを与えてくれます。

どんなビジョンを描き、日本をどのように舵取りをしてくれるのか楽しみですね。

ところで、菅さんは歴史小説が好きなことでも知られています。

その中でも、「三国志」と「豊臣秀長」を、特におすすめの歴史小説として語られています。

日本史上最高の補佐役「豊臣秀長」

三国志は忠誠、裏切りなど人間模様を知ることができると述べています。

豊臣秀長は、

豊臣秀長は一番好きな武将です。秀吉の弟ですが、自分は表に出ずに物事が前に進むように段取りする。ものすごく気配りができて全体を見ている人ですね。やはり全体を見られる人がいなきゃ駄目です。

と談じているように、常に陰で支え、守ってくれる人がいなければならないということを秀長の人生から学んだようです。

それは、安倍政権を支え続けた菅さんの仕事ぶりにも表れています。

リーダーが困難に直面した時こそ、裏でしっかりと支えなければならないという人生哲学をまなんだのではないでしょうか。

しかし、一転して、

豊臣秀長になりたいと思ったが、今は秀吉を目指している。途中から、そうなってしまいました。

安倍総理の辞意発表後の話ですが、次期総裁を陰で支えるのではなく、自分が総裁になろうと決断しました。

安倍総理だからこそ、陰で支えていこうと思ったのか。

それとも、実は虎視眈々と総理の座を狙っていたのか。

 

それは分かりませんが、歴史を見ると

豊臣秀長は早くに亡くなり、その死後秀吉は朝鮮出兵や、甥の秀次を自害に追い込んだりと、豊臣政権の寿命を縮める結果になる政策を行いました。

それは、補佐役であり、唯一の諫言ができる秀長がいなくなったためだと言われています。

 

もしも、秀長が長生きをしていたら、秀吉亡き後の政権がどうなったのか。

おそらく、幼い秀吉の子、秀頼を支えるために一時的にでも政権の中心に名乗り出たのではないでしょうか。

 

私はそう考えるので、菅総裁の「今は秀吉を目指している」という言葉は、野心のみならず、自民党をそして日本を支えて、成長させていくためにやむ負えない一手を打ったのではないかと考えます。

 

歴史オタクの徒然なるブログでした。

それでは、また。