「なんてこった。」赤羽と僕の出会い。①

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こんばんは、吉田けいすけ(北区議会議員)です。

 

昨日は私の塾について、とてもざっくりと記事にしました。

閑話休題。栄進数理進学会とは?

本日は引き続き、「なぜ赤羽だったのか」について。

実は、開業するまで、赤羽には一度も来たことがありませんでした。

高校までは茨城県つくば市にいて、上京後、大学は飯田橋にあり、当時は護国寺(有楽町線)に住んでいました。

開業するにあたり、東京都のまっぷるを買い、学校が多い地域(=子どもが多くいる)を西からしらみつぶしに訪れ、地域の雰囲気と、条件に合う物件がないか見て回りました。

八王子、国立、国分寺、立川、、、とみていったのですが、なかなか良い物件に巡り合うことができず、家賃が高い都心部はパスして、ついに赤羽に上陸するのです。

赤羽の、最初の印象は今でも覚えています。

「なんて街だ」

最初降り立ったのが、赤羽駅南口の東側でした。

目の前にいかがわしいお店が…

「なんてこった」

 

(赤羽駅は南口の東側に少々そのようなお店がありますが、大きな出口である東口・西口、及び南口の西側はまったくそんなことはありませんのでご安心ください。)

すっと、そのままホームに戻ろうとしたのですが、不動産仲介会社の看板が目に入ったので、一応見てみることにしました。

そこで紹介していただいたのが、今校舎がある物件です。

条件はぴったりで、大家さんも良い方でした。

残りは、どんな地域かが重要になってきます。

<続く>