「さぼり」には悪気はない。(※だから許されるわけではない)叱るよりも必要な指導を。

教育

こんばんは、吉田けいすけ(北区議会議員)です。

 

本日も、レクを受けたり、アポを取ったり、質問原稿を書いたりと定例会に向けて準備を進めておりました。

やらないといけないことなのに、さぼってしまうことってありますよね。

全ての物事に因果関係があるように、「さぼること」にも理由があるようです。

皆さん、仕事のこと、人間関係のことなど、考えることが日々たくさんあることと思います。

そうすると、優先順位が低い順にやらないといけないことが消滅してゆきます。

(そもそも消滅するならば、やらないといけないことじゃないのでは。というツッコミはさておいて。)

「消滅したやらないといけないこと」がさぼりという認識になったわけです。

もちろんさぼりという認識を自身でしたため、それはさぼりではなく選択であるとも言えます。

(何が言いたいのだ…)

つまり、さぼりとは一言でいうと「気持ちが混沌としている」ことなのです。

さぼる理由は、気持ちが整理できていないからなのです。

人によっては、自分の混沌と向き合い、自分で整理修正できます。

しかし、全員ができるわけではありません。

特に子供は、難しい子が多いのではないでしょうか。

さぼっている理由を考える余裕がないため、混沌とした心理状態になっていることに気づかず、どんどん追い詰められてしまいます。

どんどんやらなきゃいけないことができなくなるのです。

その混乱を回避するためには、まずやるべきことを紙でも、スマホのメモにでも書きだしてみてください。

それをいつまでにクリアするかを決めてください。

そして必要とあらば、布団をたたんでスマホも片付けてください。

それだけでさぼりは回避できます。

無意識的に当たり前の習慣になっている方も多いのかもしれませんが、分からない方、そして子どもたちの多くは経験が少なく分かりません。

そして重要なのは、さぼりは意識的ではありません。

気づくと人を支配するのです。

だからおかしいなと本人か周りが気づいたときに、時間の再配分を行ってください。

 

さぼっていることを叱ってはいけません。

さらに人を混乱させます。

それでは、また。