難しいけれど、「表現者」が変化を起こす。

その他

こんばんは、吉田けいすけ(北区議会議員)です。

 

週末は、大学院の授業に出たり、塾の仕事、そして来週から始まる議会の一般質問の原稿を書いておりました。

「感性」と「表現力」について。

感性は、小さいころの体験でその多くが養われるといわれます。

(予め断っておきますと、私は小さいころから両親や友達と様々な経験をさせてもらいましたが、感性が豊かな方かどうかは疑問です。)

いずれにせよ、5感でモノを感じても、それを表現する方法が乏しいことに最近気が付きました。

ブログ一つとっても、思ったことを、読み手に伝わりやすい文章で表現するのはとても難しいと感じます。

少ない字数で物事を表現する俳句を見ると、表現の難しさを強く感じます。

(最近ではTwitterもそうですね。)

 

閑さや 岩にしみいる 蝉の声

 

松尾芭蕉の代表句。

とても静かな中、岩にしみていくようなセミの鳴き声がさらにあたりを静かに感じさせる。ということですね。

誰でも習ったことのある俳句だと思いますが、私はこの情景感じることはできても、これを超える表現は不可能です。

「感じる」ことは誰にでもできるけれど、それを「表す」ことはどれほど難しいことか。

しかし、表現しなければ、自分だけの唯一無二の感性を、内側に閉じ込めて終わってしまいます。

 

「表現者になること」

 

自分の感性を発信することで、誰かの琴線に触れて、救いになったり、自分の人生を変えていくかもしれません。

自分ならどう表現するかを考えながら、芸術に触れてみてください。

どんな世界になったら、もっと楽しいかを考えてみてください。

今は、インターネットを使えばだれでも表現ができる時代です。

世界の様々なことに触れた際に、ちょっとした表現をすることが大切です。

「感性と表現の旅」

人生をもっと深く味わって、新しい自分を発見できるかもしれません。

 

それでは、また。